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テックなことを書く

お金が稼げない奴はクソ

資本主義社会のもとお金を稼ぐ力のない奴はどうしようもない。

俺は自分の世界観を大切にしてきたけれど、それはお金を稼ぐ努力をしないための言い訳ではないのか? 他者からの評価や賞賛の問題を都合よく主観の問題に転換する技術ばかり身につけて矜持を保ってきたけれど、本質は金を稼ぐことなのだ。 なぜなら、金を稼ぐとは誰かを幸せにしたことによる対価なのだから。 したがって、金を稼げてない奴は、人生の眼差しが他者に向いてないことを明確に示している。彼らは悲痛なまでに自己愛に満ちていて、その副作用として他者を幸福にしようなどと都合よく考えている。 しかし第一に、他者を幸福にすることが肝要である。なぜなら、他者を幸福にする副作用として自己が幸福になるという順序がこの世の真実だからだ。 つまるところ、他者を幸せにすることを第一であることは即ち、金を稼ぐことが自己の世界観を愛することよりも重要なことの証左である。

いかに自分の能力を自分で評価しても、自己のまなざしを超えることはない。自分がどれだけ社会にとって影響力があるのか、必要とされているのか、能力を保持しているのか、期待されているのか、といったことは、すべて「どれだけお金を稼いでいるか(信用があるか)」ということでしか定量的に測ることができない。お金はあなたの価値を正直に語ってくれている。 俺はまあまあできる人間だと信じて生きてきたけれど振り返ってみれば、未来への投資などと聞こえの良い言葉を自らに言い聞かせて現状の不満を打破するための行動を具体的にとってこなかった。 これでは今を生きている自分自身にとって、他者を幸せにできないどころか自己を幸せにすることすらままならない。

社会のレールを一度はみ出したのなら、徹底的にはみ出ていくしかないのである。 可能性のルールに気づいているなら、あとは下手なプライドを捨ててお金を稼ぐだけである。そのときに失うものは何かなど全く想像がつかないが、少なくともいま決意した自分のことを愛しているので問題はない。この気持ちを胸に、今聴いている音楽を流せば過去の自分の気持ちに戻れることを信じて、大きく舵を切るのである。

お金を稼げ!

2017年4月6日の日記

久しぶりに感情が身体の制御レベルを超越してしまった。

このまま真面目に生きるのか、それとも自分以外の何かに愛を与えるため、不真面目に生きるべきなのか。 正直、真面目に生きたいけれど、そのためには目に見える成果、実力が必要なんだよな。 つまるところ、がんばるしかないのだ。 いや、それは本当か?

いくつかまわりに真面目な人いるけど、大体過小評価されてるし、不真面目な人ほどヒエラルキーの上の方にいる気がする。 うーん、自分を見失わずに真面目に不真面目をやることかなあ。

あとは緩和剤的にセーフティネットをちゃんと築くことかな。 お金や時間の使い途をそちらの構築に当てたほうが、結果としては大きなリターンが期待できそう。

我々は感情の生き物であるとわかっているのに、美意識を尊重しすぎるとかえって理性を可愛がりすぎてしまいがちである。

2017年3月31日の日記

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