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かけちゃんねる2

エモいことを書く

私たちは愛について多くのことを知っているが、愛についてなにも語ることはできない

Diary Book

「愛すること」は技術である。
絵画を上手に描くための技術や、アプリケーションを開発するための技術となんら変わらないのである。

われわれは勘違いしている。恋愛とは「落ちてしまう」ようなものである、と。
しかしながら、相手のことをよく知らないで短期間で急激に燃えてしまった合一は、たいていうまくいかない。
なぜなら、彼らは孤立から逃れるための一時的な快楽を追い求め続けているからである。
わたしたちが本当に求めている、「一体感」はそこに見られない。
ここでいう「愛する」とは、積極的な意味が含まれる。まず、相手のことを配慮するということ。つまり、愛する者の生命と成長を気にかけるということである。
それに加えて、自発的に他人の要求に応じられる(=責任)ことや、他人がその人らしく成長していくように気遣うこと(=尊重)、相手の立場に立ってその人をみること(=知る)ことを「愛する」と呼ぶ。

私たちは今日、いかに愛されるか(好かれるか)ということばかり気にしてしまい、本当に大事な「愛する」という能動的な技術のことを知らないでいる。
しかし、これはわたしたち個人が愚かだからというわけではない。
わたしたちが社会に生きる限り、私たちの行動は社会システムの影響を受ける。
そして、わたしたちは資本主義という「商品」、「サービス」、「公平」、「交換」というキーワードであらわされる制度の上に生きている。
したがって、「愛」についても、いかに自分を高く売るかという視点で考えてしまう癖がある。
社会的ステータス、経済力などを象徴として自分を拡張することに価値を置いてしまう。
果たして、それらはそんなに重要なものなのだろうか。
私たちが求めているのは、「2人で1つである(しかし私はあなたではないし、あなたも私ではない)」という感覚なのではないだろうか。

それを得るためには、私たちは能動的でなければならない。
日常的に受動的である人が、愛するときだけ能動的になることがあろうか。
自分に信念を持ち、自己愛(自分を愛せる人は他人を愛せる)を以って他人を愛していこう。

愛するということ

愛するということ