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かけちゃんねる2

エモいことを書く

期待に応えるのではなく、期待を裏切るのだ!

来週からエンジニアの研修が始まる。 そのためここ数日は、これまでやっていた仕事の引き継ぎを行なっていた。 色んな人に迷惑をかけてしまうというのはわかっていたから、研修に参加することは事業部のみんなには共有したほうがいいよなあと思っていたが、担当者に相談したところ「今後エンジニアになれるかどうかはかけちゃん次第だからねえ」という含みのあることを言われたので、ああこれは万一エンジニアになれなかったときのことを考えて意見してくださっているのだなあと思い、その気持ちを汲んで、必要最低限の人にだけ、ご迷惑をおかけすることを共有することとなった。

そこでいま思うのはこれで良かったのかなあということだ。 というのも、僕がした選択は、エンジニアになれない可能性を残したものだったからだ。 正直にいうと、ここまできて「エンジニアにならない」という選択肢は自分の中にはない。 しかしながらやはりどうしても「適性」というのがあるのは仕方がないことだ。

1年間プログラマをやっていて、そこそこRailsを使える自信があるけれど、それが実務で使えるレベルなのかどうかと言われるとよくわからない。 今働いている人たちがどれくらいのスキルを持っていて、自分のスキルとの間にどれくらい乖離があるかというのがうまく測れないのだ。 だから、現時点で自分の信じるところというものは僕の希望にゴーサインを出してくれた人の意見を聞くことのみになってしまう。 そして、彼らの姿勢というものが、「責任は自分でとってね」というものだったので(冷静に考えれば当たり前のことだが)、あまり期待をされていないのかなと寂しくなってしまったのだ(ゴーサインがでたのなら期待されているのでは?)。

ぼくは自分のことを信じている。だから「覚悟はあります」と言っているわけだけれども、労働力としてその評価を定量的に測れる人は現状ではいないし、かといって定性的な評価として「かけちゃんなら大丈夫でしょ!」と期待してくれている人もいない、のかなあ、と思ってしまっている。 それに加えて、未来のことはわからないということ、技術力は相対的なものであるこに照らして、「研修に行ってエンジニアになります!」と言うことができなかった。

それはおそらく、僕が今回の研修参加の件について、個人の変化としてだけではなく、組織の一部としての変化として認識していることによるものだと思う。

ああ、ほんとなんだかよくわからないクソみたいな文章を書いたけど、書いてて思ったのは、目に見える価値をちゃんと出して誰かをギャフンといわせたいってことなのかなあ。 みんなに周知させなくていいんじゃない?というのは「本当にかけちゃんにやれるのか不安」というのもあると思うから、「やれるわ!!!!」っていうのを行動として示していきたい。

そんな感じかなあ。